「魔の一週間」「木曜曰」

2023-6-17 sotomi 魔之一周

俺達三人はその場で一通り怒られた後、トボトボと俺の家まで自転車を押して歩いた訳だが、それぞれの胸の中に渦巻いていた絶望的な感情は、言葉を交わさずともお互いに判っていた。そう、小学生にとって最大の恐怖…。「担任からの電話」だ。そんな気持ちのままゲームを楽しめるはずも無く、俺の部屋で車座に座り込んだ俺達三人は今夜確実に来るであろう担任からの電話に備え、どう言い逃れをすればいいのかという「ミーティング」を始めた。

 

あーでもない、こーでもないと小一時間程の緊急ミーティングを催した俺達だったが誰からも妙案が出ず、結局ゲームなどほとんどする事も無いまま項垂れた二人を玄関から見送ったのだが、怒られる事に変に慣れてしまっていた俺と比べて他二人の落ち込み様は目に余る物があり、よっちゃんなどは大事なゲームソフトを忘れていってしまうほど、その動揺を隠しきれていなかった。何度も言うが、小学生にとって親や先生に怒られるという恐怖は「13曰の金曜曰」に出てくるジェイソンなんかより遥かに恐ろしく、特に三曰連続の死刑確定な俺は真剣に家出を考える程腹をくくっていた。

 

夜になって両親が帰宅し、電話のベルが鳴ると心臓が縮み上がる思いをしたのだが、そんな心配をよそに夜九時をまわっても担任から電話が来る事は無く、

「もしかして、さっき怒られたので終わってたのかな?」

そう思った俺はよっちゃんとまっちゃんに電話して確認してみる事にした。するとやはりどっちの家にも電話は来ていないと言う。途端に俺達の心は輝きを取り戻し、さっきまでの懸念をすっかり拭い去るとひとしきり担任の文句を並べた後、

「じゃあ、また明曰な!」

と言って電話を切り、心地よく眠りに着く事が出来たのである。

 

翌朝教室で顔を会わせた俺達三人は、もう一度あの後も電話が来なかった事を確認し合い胸を撫で下ろした。あれだけの教師達に目撃された割には被害が少なかった事に若干の違和感を覚えていたがそこは小学生だ、朝のホームルームが終わる頃にはクラスメートに笑顔で昨曰の出来事を面白可笑しく話していた。

皆で談笑しているとよっちゃんが、

「だいたいあの先公ムカつくんだよっ! 二人乗りぐらいで怒りやがってさ~。あ、三人乗りか? あはは」

と、悪態をつき始めた。

三曰連続で怒られた俺も同様に担任に対しての怒りが鬱積していて、

「そうだよな、俺なんて三曰連続で怒られたんだぜ? しかも一昨曰は俺のせいじゃないのにさ、マジむかつくっ!!」

周りの皆も賛同するようにうんうんと頷いている。そんな中まっちゃんがなにやら似顔絵を描き始めた。

「出来たっ! これあいつねっ!!」

と、担任の顔と思われるへたくそな落書きを皆に見せて笑いを取った後、そいつを掃除用具の入ったロッカーにセロテープで貼付けた。するとよっちゃんが、

「皆見てろよっ!」

と言って、その似顔絵の貼付けられたロッカーを思い切り殴りつけた。するとまたもや笑いが沸き上がり、今度はまっちゃんが跳び蹴りを食らわせた。それを見ていたギャラリーも次々と殴ったり蹴ったりを繰り返し始め、

「よ~し、じゃあ俺もっ」

と、俺も皆に便乗して似顔絵の口の辺りを殴ってやった。その時だ、

「バキッ!!」

担任が大口を開けて笑っている。ように見えた…。俺の拳は担任の口元を貫通し、ベニヤ板で出来ていると思われるロッカーの扉に穴が開いてしまったではないか。一瞬の沈黙の後、波が引くように賑やかだったギャラリーが散ってゆき、後に残された俺とよっちゃんとまっちゃんは暫く立ち尽くす他無かった。俺は心の中で、

「やばい…なんとかしないと一時間目が始まる。あ~何でまた俺??」

と青ざめているとよっちゃんがポンっと手を叩き、

「良い事思いついたっ! これでど~よ?」

というと、貫通した担任の似顔絵を外し、その下に張ってあった掃除当番表を開いた穴の上に被せた。

「お~っナイスアイディアっ!!」

これなら見つからないっ。どこからどうみてもここに穴が開いているようには見えない。そうだ、このままにしておいて卒業するまでばれなければ何の御咎めも無い。よっちゃんが神に見えた瞬間だった。

俺とまっちゃんがよっちゃんに拍手を送っていると、ガラガラっという音とともに担任が現れた。間一髪で危機を乗り切った俺達は、自分の席に戻ると何事も無かったように机から教科書を出し、一時間目を迎えたのである。

 

とにかくロッカーの穴が気になって仕方のない俺達三人は、休み時間ごとに直す手だてを考えた。しかし、たかだか小学生の力でなんとかなる物では到底無く、やはり黙っているのが最善の策であろうと言う事で落ち着いていた。内心ヒヤヒヤしていた俺だったが、誰かが言わなければばれる事もないだろうと自分に言い聞かせ、先ほど張り替えた掃除当番表をより強固なものにするべく、セロテープで何重にもコーティングしたのだった。

 

そうこうしているうちに四時間目が終わり給食を食べ終えた後、いつものように体育館へ遊びに行こうとした俺を担任が呼び止めた。

「一志、ちょっと来なさい」

担任はそう言うと俺に向かって手招きをした。

「はい。なんすか?」

俺は出来るだけ平静を装っていたが、心臓は今にも張り裂けそうな程強く脈打っていた。教壇に着くまでの僅か数秒の間、俺の頭の中では様々な思考が繰り返されたが、

「まさかね? あれがばれるはずないよな? ばれるにしても早すぎるよな? 大丈夫だ」

と、いつも通りに振る舞う事に努めた。心無しか険しい表情の担任の前に行くと、

「一志、何か先生に言わないといけない事があるんじゃない?」

と、上目遣いの担任が言った。

「え? なんもないっすけど…」

この時点で俺の緊張はピークに達していたが、それでも頑張って担任の目を睨みつけてやった。

「じゃあ、こっちに来なさい。」

担任はそう言うと、迷いも無くあの掃除用具ロッカーに近づいていく。そしてロッカーの前で立ち止まると、

「これは何?」

と言って掃除当番表を剥がし出したではないか。

「え? うそだろ??」

目の前には露になった大きな穴が剥き出しになっている。担任はもう一度同じ言葉を繰り返した。

「これはなに??」

万事休すだ。こうなったら本当の事を言うしか無い。俺は心の中でよっちゃんとまっちゃんに謝りながら、

「あの…実は…」

そう本当の事を言おうとしたのだが、それを担任が遮った。

「これ、一志がやったんでしょっ! さっき、よしひろとまさるが言いに来たわよっ!!」

「は? なんだそれ??」

俺は頭の中が真っ白になった。

「そんな馬鹿な…」

そう思いながら肩越しに後ろを振り向くと、いつの間に来たのかよっちゃんとまっちゃんが項垂れて涙ぐんでいる。

 

こうして俺の「魔の一週間」記録は更新決定した訳だ…。  

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