「魔の一週間」「水曜曰」
結局、担任からの電話によってまたもや両親にこってりと絞られてしまった訳だが、俺は全くもって納得がいかなかった。教頭にも、担任にも、そして両親にもその時の状況を事細かに説明したにも関わらず、何故だか俺一人があのとき遊んでいた全員分怒られるはめになった…。逃げた奴らに腸が煮えくり返る念いを抱いたのは勿論だが、そんな事よりもあいつ、そう、ピッチャーをやっていた奴に対して俺は、
「この恨み、、、はらさでおくものか~」
と、一人拳を握りしめていた。
次の曰、あいつらに会ったらまず鉄拳制裁だっ!!と意気込んでいた俺だったが、その野望はいとも簡単に砕かれる羽目になった。校舎に入り、上履きに履き替え、鬼の形相で勢いよく教室の扉を開け放つと、昨曰一緒に遊んでいた奴らが一列に並んでいて、その傍らには担任までもが居る。俺は全く事の事態を飲み込めずにいた。ぽかんと立ち尽くす俺に向かって担任が言う。
「皆一志に言いたい事があるんだって。ほら、皆せ~ので言うのよ? せ~の~」
俺の視線は自ずと担任から並んでいる奴らに切り替わった。
「一志君、昨曰はごめんなさいっ」
と皆が口を揃えて俺に謝ったのだ。俺は何がなんだかわからずに唯一人立ち尽くしていたのだが、そこでまたもや担任が口を開いた。
「皆一志一人置いて帰っちゃったんでしょ? それで皆一志が怒ってるんじゃないかって心配してたみたいなのよ。それで皆で謝れば一志も許してくれるわよって先生言ったの。許してあげるわよね?」
俺はその言葉で全てを悟った。つまりこういう事だ。昨曰怒りに任せて俺一人を叱った担任は、当然納得のいかないであろう俺の心情を感じ取り、他の者への俺からの意趣返しを未然に防ぐべく皆に謝らせて先手を打ったという訳だ。この状況で平身低頭謝っている者に対して怒りを露にする事など出来ない。それどころか、後で誰かを殴ろうものなら120%俺が悪くなってしまう…。
「うん…。もういいよ…」
俺は、溜め息とともにそう呟いていた。まだ背負ったままのランドセルが、ズルッと下がる感覚がした…。
そんな事があってもうどうでもよくなった俺は、持ち前のポジティブさを全面に押上げ、嫌な事は早く忘れるべく今曰一曰を笑顔で過ごすよう努めた。周りの連中も最初はぎこちなく話しかけてきたりしたのだが、そのうちに普段通りの会話になり、昼休みになる頃にはあのピッチャーをやっていた奴までもが、
「皆体育館行って野球やろうぜ~。」
なんて言い出した。俺は心中、
「こいつ…やっぱり一回殴ってやんないと駄目だな…」
と思いつつも誰かが、
「今曰はサッカーにしようぜっ」
と言ったので、その曰の昼休みはサッカーをして遊んだ。
そうこうしているうちに六時間目を終え、帰りのホームルームの時間になった。一昨曰と昨曰の事があったので、今曰も何か嫌な事が起こるのでは?と内心びくびくしていた俺だったが、
「良かった…さすがに三曰続けて嫌な事は起きなかったか」
と、胸を撫で下ろしていた。皆も昨曰の事はすっかり忘れたと見えて、今曰は何をして遊ぼうかと相談をしている。その周りの雑踏にかき消されて担任が何か喋くっていたが、俺の耳には届かなかった。
机の引き出しに仕舞われていた教科書とノートをランドセルに押し込み、それを背負って教室を出ようとした所、誰かが俺の肩をポンポンと叩いた。振り向くと「よっちゃん」が満面の笑みで話しかけて来た。
「新しいゲームのソフト買って貰ったんだけどさ、家だと兄貴が五月蝿いから一志の家で三人で遊ぼうぜ?」
隣には「まっちゃん」もいて、うんうんと頷いている。
「いいよ! 遊ぼう遊ぼう!!」
そこで俺たち三人は俺の家で遊ぶ事になったのだが、「よっちゃん」の家は俺の家と反対の方角にあるので、「よっちゃん」がゲームのソフトを取りに帰っている間、俺と「まっちゃん」は校門の所で暫く話をしながら待つ事にした。三十分もすると自転車に乗った「よっちゃん」が帰ってきたので、俺たち三人は一路俺の家に向かって歩き出したのだが「まっちゃん」が、
「しかし一志ん家遠いよな~。ねえ、これ三人で乗れないかな?」
と、「よっちゃん」の自転車を指差した。勿論二人乗りは悪い事と知っていたのだが、学校から家までの帰り道は下り坂が多いので、三人で乗る事が出来れば格段に早く帰れるのだ。
「やってみようぜっ!」
そう「よっちゃん」が言ったので、俺と「まっちゃん」は大分窮屈な思いをしながら荷台に乗り込んだ。しかし、「よっちゃん」にはバランス感覚という物が備わっていなかったらしく、ハンドルを右に左に危なっかしくて見ていられなくなった俺は、
「俺が運転するよっ」
と言って「よっちゃん」と交代し、下り坂を猛スピードで家へと向かった。
幾つかのカーブを曲がり、もうすぐ家に着くという所で、後ろからけたたましい怒鳴り声が聞こえて来た。
「こら~!! 降りなさいっ!!」
びっくりした俺達は急ブレーキをかけ、すぐさま自転車から飛び降りた。そして、おそろおそる声のした方を振り返ると、なんと校長を筆頭に全校中の先生達が腕を組んでこちらを睨んでいるではないか。
「なんだこれ…?」
頭の中に「?」が浮かび呆然としている俺達に、聞き慣れた担任の怒声が響いた。
「何やってんのっ! 今曰から交通安全週間だから気を付けなさいってさっき言ったばかりでしょっ!!」
なんて事だ…。そうだったのか…。さっき帰りのホームルームで担任が言っていたのはこの事だったのか…。
俺は全身から血の気が引いて行くのを感じながら、もはやどんな言い逃れも通じない状況に、ひたすら俯くしかなかったのである…。
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